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見事な黄金の双眸が自分を見つめていた。
大きな瞳だ。それも、純粋な黄金。または琥珀と言うべきだろうか。美しいな、とぼんやりとした頭で思った。
「大佐、大丈夫か?」
双眸の主は言う。声は高めだが、容貌から察するに少年だろう。これが妙齢の美女だったら良かったのに、と悠長に思ってから、首を傾げた。一体自分は、どうしていたのだろう。
確か自分は自宅で眠っていたはずだ。仕事は山ほどあり、いつも通り残業して、帰宅後はすぐに眠った。シャワーすらも、明日の朝で良いと思うほど疲れ切っていた。
そのはずなのに、この少年は誰だろう。見覚えなどなかった。
(……いや、あるにはあるが、彼はもっと幼かったしな)
四ヶ月ほど前、リゼンブールという村に行った際出逢った――というよりはロイ自身が会いに行ったわけだが――子どもも、やはり目の前の少年と同じく、黄金色の瞳をしていた。そして髪も同じく金髪だ。気のせいか、顔立ちも似ているような気がする。
「大佐?」
声の主は真剣な面持ちだ。どうやら自分の心配をしているらしい。だが、呼びかけの階級が間違っている。
「私は中佐なんだが。ところで、君はどうしてここにいるのかな」
言うと、少年は眉間に皺を寄せた。何か変なことを言っただろうか。だが、自分が中佐の地位にいるのは事実だし、初対面の相手に何故この場にいるのか、と尋ねることも不可思議ではないはずだった。なにしろ、この場所はロイの自宅なのだから。
いちおう周囲を見回したが、間違いない。すでに見慣れた自宅でしかなかった。どうやら、自分はリビングのソファで眠っていたらしい。
そこまで考えて、おかしい、と首を傾げた。
(確か、ベッドで眠ったと思うんだが)
確かに疲れていたが、ベッドに向かうくらいの気力はあったはずだ。その元気もないのなら、多少ベッドの室が悪くとも、軍の仮眠室で少しでも多くの睡眠時間を確保しようとするだろう。そして昨日は自宅に戻る程度の気力はあった。そのはずなのに。
「オレがここにいるのは、あんたが鍵を開けて入れと言ったからだ」
「私が?」
少年はいかにも当然、とばかりに言う。実際、確かにそうでなければおかしいだろう。だが、ロイにはそんな記憶はなかった。疲れてベッドで眠った。そんな記憶しかない。酔った勢いで見知らぬ女性と一夜を明かした、という体験談を聞いたこともあるが、昨日は飲酒もしていない。
「大佐、あんた今何歳?」
「だから私は大佐ではなく、中佐だと言ってるだろうに」「良いから。年教えろっての」
早く、と急かされ、尚も不可思議な気分になりつつ口を開いた。
「二十六だが。それがどうかしたのか?」
「……じゃ、今年は何年?」
随分と奇妙なことを聞く。そんなこと、今更聞くような事柄でもないだろうに。そう思いながら答えると、少年はやっぱり、とため息をついた。
「何がやっぱり、なのかな。私にはさっぱりわからないんだが。君、名前は?」
尋ねると、少年は困った、とでも言いたげな表情を浮かべた。
「そりゃ、わかんねぇよな。あんたにしてみれば当然だ。わかるはずがねぇ」
その言い方から察するに、少年は現在、どんな状況なのかを良く理解しているらしい。
「オレの名前はエドワード。エドワード・エルリック」
その名を聞いて目を見張った。聞き覚えのある名前だった。
「それは同姓同名が良くある名前なのかな」
良くある名前、というものは存在する。もしかしてその手の名前なのだろうか。女性名ならばともかく、男の名前などこだわったこともないのでわからない。
「特殊な名前じゃねぇけど、そこまでごろごろはしてねぇかな。オレは逢ったことねぇし」
「そうか」
では、滅多にない確率に今自分は遭遇しているのだろうか。この不可思議な状況下なら何が起こっても不思議ではないのかもしれない。
「けど、オレとあんたの知ってるエドワードは同姓同名じゃないぜ。正真正銘、本人なんだからさ」
やけにきっぱりと、少年はそう言った。
(本人?)
思わず、まじまじと少年を見つめる。だが、やはり記憶の中の少年とは違っていた。確かに子どもの成長は早いと言うが、たかだが四ヶ月でここまで成長はしないだろう。第一、あの子どもは髪がここまで長くなかった。だが、目の前の少年は長い髪を編んでいる。あまり良くわからないが、ここまで伸ばすならば一年は必要ではなかろうか。
だが、確かに似ている。それは事実だ。もしかして、あの少年の兄が存在していたのだろうか。だが、それならば素直に兄だ、と言うだろう。本人などと言うはずもない。そんなすぐにばれる嘘を言う必要が、どこにあるというのか。
「あんたはリゼンブールって村でエドワードに逢ったんだろ?」
それは事実だったのでこくりと頷いた。
「つまり、それがオレってことだ」
胸を張って言われたが、やはりそうですが、と納得はできなかった。
「確かに私の中の記憶の彼と、君は酷似している。しかしとても同一人物には見えないんだが」
「でも、同一人物なのは事実なんだから仕方ねぇだろ。事実は事実だ。諦めろ」
(諦めろ、と言われても)
納得できないものはできない。第一、例え目の前にいるのがあの子どもであったとしても、この家に彼を招き入れる理由にはならない。
そもそも、自分は他人を家に入れるのが嫌いな性質だ。学生時代なら酒を飲みに友人が来たこともあったが、現在は人と飲むなら外ばかりだった。ついでに言えば、恋人を家に入れたことは一度もない。入れるとすれば、それは結婚を意識した相手くらいのものだろう。そしてそんな相手には未だにお目にかかったことはなかったし、もしかしたら一生会わないかもしれない。人を焼き殺してばかりいた軍人の妻になど、余程の覚悟がなければ迎え入れる決心は付かないだろう。
それはともかく、今現在の問題はこの少年の存在だった。視線を向けると、居心地悪そうにそっぽを向く。そうしてがりがりと頭を掻くと再び正面を向いた。
「……あー、まぁ、つまり。あんたにわかりやすく状況を説明するとだな」
「説明すると?」
「あんたは記憶喪失って事。ま、原因はオレなんだけどさ」 言って、少年は笑った。笑うしかない、とでも言うように。
◇ ■ ◇
そんなかんじの話です。
※試し読みのため、1章のみです。以後は掲載予定はありませんのでご注意を。
三 番 目 の 不 文 律