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SCHLUESSEL
2
時刻を確認して、そろそろだな、と思った。
時計の針は約束の五分前を指している。
休憩を取る旨を部下に伝えると、仮眠にしては早い時間だったが、連日の疲れが溜まっているとでも思ったのだろう。特に反対意見もなかった。見れば、皆それぞれ疲れを溜めた顔をしている。もっとも、それは『いつもの事』ではあったが。
廊下を歩き出すと、何人かとすれ違い、適当に挨拶を交わした。中には自分と会うたびに顔を赤らめる事務官などもいる。若い、なかなかスタイルの良い綺麗な娘だ。エドワードに心を奪われなかったら、退屈しのぎに口説いたかも知れない。
「仮眠ですか?」
尋ねられ、あぁ、と頷いた。彼女は、と言えば、ひどく心配そうな表情を作る。
「大変ですね」
「そうでもないよ」
いつものことだからね、と告げると、そうですね、と相づちが返ってきた。
「いつもマスタング大佐はお忙しそうですよね。恋人さんに、会えないって拗ねられませんか?」
どこか探るような目つきで問われた。こういうところが、女は抜け目がない。
現在、特に自分に恋人はいない、ということになっている。それが事実かどうか確かめているのだろう。
「残念ながら、拗ねてくれたことは一度もないな」
苦笑しながら言うと、彼女はあからさまに残念そうな表情を浮かべる。
「私なら、絶対に会いたいって我が儘言っちゃいます。お相手の人は大人なんですね」
実際はまだ十五歳の子どもだ、と告げたらこの目の前の娘はどんな反応を示すだろう。そんな好奇心が沸いたが実行する気にはならない。
もっとも、誰かに知られたら知られたで、それはそれで構わない、と思う自分もいる。同性に興味を持つことも、それが年下であることも、世間的に見てそう珍しいことでもない。ただし、エドワード自身は誰にも知られたくない、と思っている様子だから、彼の意志を尊重しているだけの話だ。
「私の方が会いたいと我が儘を言っている立場だからね」
ただし、と内心で思う。
(今日は珍しく、相手の方から会いに来てくれたがね)
だから多分、今の自分は相当浮かれているのだろう。疲れている割には上機嫌だという自覚がある。
「すごく、その人が羨ましいです」
言われて、ただ微笑む。だが、その羨まれる立場のエドワードは良い迷惑だ、とでも言うに違いない。彼にしてみれば、ロイに半ば流されるようにして持った関係だ。
適当なところで話を終わらせ、再び歩こうとしたところでエドワードの姿を見つけた。彼はすでに自分の姿を発見していたのだろう。ひどく不機嫌そうな顔をしている。
「やぁ、鋼の。時間に正確だな」
笑顔で告げると、エドワードはいかにも嫌そうに口を開く。
「遅刻すると、嫌味を言う上司がいるもんでね」
それが自分への当てこすりであることは重々承知していたが、エドワードの口が悪いのはいつものことだ。気にもならない。
「それは当然だな。常識を知る良い上司を持ったね」
「……言ってろ」
軽口をたたき合いながら、仮眠室へと向かう。彼にとっては幸いなことに、エドワードに会ってからは誰ともすれ違わなかった。
入室し、かちりと鍵を閉める。その音を確認してからおもむろにエドワードはコートを脱いだ。できれば自分が脱がせたかったが、そうそう時間に余裕があるわけでもないから贅沢は言えない。
次はもう少しゆっくりと、ホテルか自室で会いたいものだな、と思う。逢瀬は長くても数時間。行為だけなら十分だが、それだけで満ち足りた気分になるほど自分は謙虚な男ではなかった。
エドワードはばさばさと思い切りの良い調子で脱いでいく。色気の欠片もない動作。
それなのに、自分はこの子どもに欲情するのだから不思議な話だ。それこそ、彼に出会う前。彼に恋する前には、先ほど話していたような、若い娘に対して興味を持ったものだったのに。
そんな自分の視線に気付いたのだろう。両手は衣服を掴み、いかにもこれから脱ごうとしているその動作のまま、彼が婉然と微笑んだ。
その表情に、ぞくりと何かが背中を駆け上がる。
「君は」
思わず、呆然と呟いた。
「そんな表情を、誰にでも向けるのかな」
その問いにエドワードは答えない。変わりに脱ぎ終わった衣服を床に放り、ベッドへと腰掛けると乱暴に靴を脱ぎ捨てた。
「早く来いよ。時間、ねぇんだろ?」
誘いの言葉は直接的だ。ちらちらと見える紅い舌。素肌を晒し、右足だけを少し曲げて膝を抱える。
「珍しくこんなにも君が積極的なのに、時間があまりないのが非常に残念だよ」
ため息がてら告げると、微かにエドワードが笑う。その表情はやはり子どもらしく、あどけない。だが、すぐにそれらの表情はなりを潜めるだろう。
唇を重ねると、彼から舌を伸ばしてきた。珍しいことだ。それだけ、今日は彼が欲情している、ということなのだろう。年齢を考えればそう不思議なことでもない。
「ん、……んん……っ」
求めるまま舌を伸ばし、絡める。そうやってキスを重ねる一方で彼の肌に触れた。滑らかな感触。それから、機械鎧の冷たい手足。その繋ぎ目。
唇を離し、今度は舌で肌に触れた。微かにエドワードは身体を震わせるが、それだけだ。じっと愛撫を受け入れる。顔を見れば、すでにとろりと眼が潤んでいた。
上気した肌。黄金の瞳。濡れた唇。予想通り、先ほどの子供じみた雰囲気は消失し、変わりに淫靡な空気を纏う。
最初は本当に、何も知らない子どもだった。色気などまるでない、単なる子ども。それなのに、そのうち抱けば抱くほど妖艶、と言っても良い色を含むようになってきた。昼間はそんな色とはほど遠い存在だから、余計にそれは夜の闇に溶けて際立つ。
脚を開くように促すと、挑発するかのような視線を寄越しながらロイの言葉に従う。
大きく脚を開いたあられもない恰好を晒しながら、早く、と彼の唇が動いた。
「……一体、どこでそんな真似を覚えてきたのか、是非知りたいんだが」
微かな目眩を感じながら問うと、エドワードはくすくすと笑う。そうやって笑う様は、街角の娼婦より余程艶めいていると思うのはきっと気のせいではないだろう。
けれど、本当に一体どこで覚えてきたというのだろう。誰か、自分以外の人間と寝たのだろうか。
そう、例えばそれこそ街角の娼婦ならばしそうな仕草だ。もしもそれをエドワードが真似たのだとしたら、ただ見とれている場合ではないだろう。
「私以外の誰かと寝たのかね?」
眼を細め、囁くように尋ねる。その声は、我ながらおかしいほど剣呑だった。
彼が自分以外の人間と身体を重ねる、なんて事実を自分はとても許せそうにない。今まで自分はさんざん、彼以外の人間と寝てきたのだから身勝手な思考だという自覚はあるが、許せないものは許せない。認められない。そんなことは、あってはならない。
そんな相手がもしも彼にいるのなら、排除するまでだ。
「そんな相手がいるんだったら、わざわざこんな場所に来るわけねーだろ」
エドワードはあっさりと言い捨て、確かに、と思う。誰が他に相手がいるのなら、自分と寝る必要などないだろう。少なくとも、本来はあまり気の進まないだろう仮眠室での行為を了承するほど切羽詰まることはないはずだ。
「では、どこで覚えた?」
「――痛っ、……バカ、もうちょっと優し、く……っ」
強めに彼の分身を握ると、彼は涙目になりながらロイに手を緩めるようにと告げる。
「なら、答えなさい」
そうしたら、優しくしてあげるよ、と囁きながら彼の胸元をついばんだ。びくりと彼の身体が震える。
「ん、……っ、別に、覚えたわけじゃ、な……っ」
余裕のないエドワードの声に、嘘は見えない。どうやらそれが真実らしい。つまり、エドワードにしてみればただなんとなくしてみただけの仕草、なのだろう。それは一種の天性の才だ。ただし、その才が開花したのは喜ばしいことか、と言われれば甚だ疑問だが。
まったく、と軽くため息をついた。
「昔の君は、キス一つにも怯えていたのに。あの頃の君はどこに行ってしまったのかな」
純情な彼も、それはそれで悪くなかった。今ではその面影はほとんど見られない。代わりに存在するのは、あまりにも艶やかな男娼だ。
「それは、あんたが一番良く知ってるだろ」
呆れた様子でエドワードは告げながら、ロイの頬へと指を伸ばす。一瞬だけ、彼から唇を重ねて話す。そして唇が動いた。
「あんたに、喰われたんだ」
彼の言うとおりだ。自分は何も知らない子どもに手を出した。確かに『喰った』。
「全部喰われて、だから消失した」
だから、純情だったエドワードはもういない。全て自分が食らいつくしてしまったから。
では、こうして淫蕩な微笑を浮かべる少年を作り出したのは、他でもない自分ということになる。
「なるほど」
頷きながら、今度はやわやわと彼の分身を握り、適度に刺激を与えてやった。若い彼は反応が実に良い。形を成し、硬くなる。
「……っ、ん、ぁ、――っ、もぅ、……や、……っ」
限界が随分と早い。待ちに待った刺激に身体が必要以上に反応してしまうらしい。彼を疑った詫びの代わりに、すぐに彼を解放してやった。
どく、と白い飛沫がロイの手を汚す。ひく、と彼の喉が痙攣した。口からは甘い声と荒い息が漏れている。その間に、彼の秘所へと濡れた指を伸ばした。
「ん、ン……っ、痛っ……、そんな、……急にっ、いれんな、っての……っ!」
少しばかり強引に差し入れしすぎたためか、エドワードが不満を漏らす。だが、その声音は甘く迫力などは皆無だ。
「すぐに慣れるよ」
構わず指を押し入れ、彼の内部を確かめるようにぐるりと動かした。
「――っ、ぁ、……っ」
熱く、狭い内部。絡みつくようなその場所。行為に慣れきった身体は、やがてすぐにロイの指に馴染んだ。そのタイミングを見計らって指を増やし、慣らしてやる。
「も、……いぃ、から……っ、早、く……!」
やがて焦れたようにエドワードが言った。彼からこんな風に言うことは珍しい。いつもなら、言わせようとしても決して言わないというのに。
そんな彼の台詞に、僅かに目を見開いた。そうして意地悪い台詞を紡ぐ。
「随分耐性のない。そんなに、疼いて仕方ないのかな」
意地悪く言うと、エドワードが自分を睨む。潤んだ目は琥珀の瞳を一層引き立たせていた。無意識で煽っているのだとしたらたいしたものだ。
「……よ」
何かをエドワードが言ったが小さくて聞き取れない。聞き返す前に、彼が自棄気味にもう一度口を開いた。
「そうだよっ、だから、早……っ」
だから早く、と強請ろうとしたのだろう。だが、聞き終わる前に更に大きく脚を開かせ、そのまま身を進めた。ぎし、と彼の機械鎧が軋む音が聞こえる。
「あ、――っ、あァ……!」
苦しげなのに、どこか恍惚としたエドワードの声が響いた。その声に誘われるように深く。更に深い場所へと自身を彼の内側へと埋め込んでいく。指で慣らしてもその場所はやはり狭く、悦楽を呼ぶ。
「ン、ぁ、――っ」
「動くぞ」
そのまま本能のまま身体が動かすと、切迫した声でエドワードが自分を呼んだ。
「大佐、――っ、ン、ぁ……っ、――ぃ、さ……っ」
すでに痛みはあまり感じないのか、その声は快楽だけを告げていた。嬌声、としか言いようのない、その声音。
その声に煽られ、更に動く。本能にひたすら素直に従った。縋るようにエドワードの腕がロイの背中に回される。その仕草がひどく愛しい、と思った。
今日の彼は本当に珍しい。いつもなら、彼の手はシーツを握りしめるのが通常だ。こんな風にずっと自分に触れようなどとはしない。
「い、ィ、……すご、……っ、ぁ、あ、ァ……っ!」
そのまま感極まった様子でエドワードが終わりの時を迎える。比例して、内部が痙攣するかのように反応し、ロイもそのまま彼の内側に吐精した。
「や、……ぁ……っ……」
その感覚がたまらないのだろう。僅かに彼が身をよじらせる。ちらちらと見える紅い舌に誘われ、もう一度唇を重ねた。
「ん、……ふ……っ」
うっとりと眼を細め、エドワードは舌を受け入れる。この様子なら、もう一度くらい求めても素直に応じるだろう。
やがて唇を離し、彼からゆっくりと自身を引き抜いた。
「――っ、……あ、ぁ……っ」
その感覚も感じるのか、名残惜しそうにエドワードの内部が収縮する。まるで、自分を逃すまいとするかのようなその動き。
「……随分、良かったようだね」
からかい半分に告げると、エドワードはこくりと存外素直に頷いた。
実際、良かったのだろう。それはその表情を見れば明らかだ。どこか焦点の合わない表情で、自分を見上げていたかと思うと、今度は視線を下げる。彼はロイの分身を凝視していた。
「もう一回、したいんだけど」
「…………本当に、珍しいこともあるものだな」
やがて紡がれた言葉に、思わず彼を見つめた。ロイから二度目を求めることはあっても、彼から求められたことなど皆無だ。
否定されなかったことを了承と受け取ったのだろう。エドワードは黙ったまま直接左手を伸ばし、ロイ自身へと触れてくる。指の動きはつたないが、その代わりに丁寧だった。
二度目は彼を俯せにさせ、後ろから入り込む。挿入は一度目に比べて容易だった。ぐち、と彼の奥から濡れた音がする。それも淫猥で良いと思った。
「ん、……っ、あ、……ァ……」
臀部だけを抱え上げ、彼の上半身はシーツに埋もれさせる。力が入らないのだろう。彼はそのままの姿勢で快楽を甘受していた。
彼自身にも触れてやると、とろとろと蜜を後から後から溢れさせている。どうやら相当良いらしい。好色、としか呼べない身体。
「感じる?」
尋ねると、こくり、と微かに彼の頭が動いた。
「っ、……すごい、感じ、る……っ、すご、――っ、気持ち、ィ、い……っ」
途切れ途切れの言葉はそれだけで魔力を持っていた。正直なところ、それから後の記憶は少しばかり抜けている。ひたすらに、無我夢中で彼を貪った。
「あ、ぁ……っ、……大佐、――、た、……ぃさ……!」
彼が何度も、何度も自分を呼んだ。その声がどうしようもなく心地良い。
ずっとそうやって名前を呼べば良い、と思った。自分だけを、そうやって呼べば良い。
他の誰も呼ばす、誰も見ずに。――永遠に。
そんな暗い思考が渦巻く。けれどそれは不可能だと知っている。それでも、こうしている間だけは、彼は確かに自分のものだった。
「ぁ、――、もぅ、……っ」
限界が近いことを察して、彼の最奥部分を抉った。その瞬間、彼が果て、自分も追うように彼の中にもう一度放つ。ひく、と彼の内部がまた反応した。敏感になったその器官は、どうやら射精される感触がたまらなく良いらしい。
「ふ、……っ」
彼からゆっくりと身を離すと、微かに彼が息を吐いた。気がつくと、彼の髪が随分と乱れている。汗で肌にはりついた金がやけに眩しい。
綺麗だな、とぼんやりとそれを見つめ、思った。
