くるり。

くるり。


廻すたび、世界が変わる。


カレイドスコープ



「本当に、何もない?」
 困ったように尋ねる将に、英士はただ頷く。何度聞かれても、ないものはない、としか答えようがなかった。
 青天の霹靂、とでも言えば良いのだろうか。普段はあまり自分から強請る、ということをしてくれない恋人が、どうしても今度の土曜日に会いたい、と言ってきた。そう言われて英士が頷かないはずはなく、そして今現在、自分達は無事予定通り出会っているわけだが。
 開口一番、将は言ったのだ。
 欲しいものはないか、と。
 しかし残念ながら、何一つ思い浮かびはしなかった。元々物欲はあまりない上、必要だと思えばすぐに購入している。なので、今何か欲しいものはないか、と聞かれてもこちらとしても困惑するしかなかった。
 第一、過去の中で一番欲しくて欲しくて、どうしようもなかった存在は今目の前にいる彼そのものだったりするから、余計に思い浮かぶはずもなかった。何よりも、誰よりも欲しかった存在。それを、すでに自分は手に入れてしまったのだから。
「何にも?」
 重ねて将は問うが、やはり英士は頷くしかなかった。本当に何もいらない。彼さえ、側に居てくれるなら。そう、本気で思う。   
 けれど、将にしてみればその答えは非常に不本意であるらしい。眉を八の字にしている。
「どうして、そんなこと聞くわけ?」 
 当然と言えば当然の問いを口にすると、だって、と将は口元をとがらせて言う。その仕草はただでさえ年相応とは言えない顔を、更に幼く見せた。
「だって今日、郭くんの誕生日なのに」
「……」
 数秒沈黙して、それからようやくそう言えば、とその事実を思い出す。自分の誕生日なんてあまりにもどうでも良くて、すっかり忘れていた。
「別に、気にしなくて良い」
 実際問題、本人も忘れているのだ。それに、誕生日だからプレゼント、なんて小学生の時ならともかく、今更、という感は否めない。 
「気持ちだけで十分だから」
 それは本心なのだが、将としてはやはり不満であるらしい。
 一番欲しいものはとっくの昔にもらったから、と。そう言おうとかとも思ったが、さすがに照れくさくて口には出さないでおく。
「…ジャージとか、シューズとか、タオルとかも?」
 それでも彼らしくもなく、大人しく引き下がってはくれない。余程自分に誕生日プレゼントをしたいらしかった。
「俺も、風祭の誕生日になにもあげなかったでしょ」 
 ため息をつきながら、諭すように彼に言う。けれど、それでも彼は納得してくれない。
「だって、五月はぼくが日本にいなかったし」
 それは事実で、だから英士としても口を噤む。彼と知り合って数年経過したが、一度も彼と五月という月を一緒に過ごしたことはなかった。それは当たり前と言えば当たり前だ。知り合ったのは八月。けれど、翌年、春を迎える頃には彼はドイツに渡り、そして三年後、戻ってきたのもまた、八月だったのだから。  
 なので、やはり当然と言うべきか、最近まで英士は将の方が半年以上年上である、という事実を知らなかった。何しろ、お互いの誕生日を知ったのは、つい最近の事だ。
「どうして、そんなにプレゼントしたいのかな?」
 心底疑問で問うと、彼は言葉を失って赤面する。それから暫くして、ようやく口を開いた。
「……だって、郭くんには色々…、もらった、から」
 小さな声で、そう彼は言うが、英士としては首を傾げるしかない。彼に何かを渡した、という記憶などなかった。彼は食事を奢られるのも嫌がる質で、だから折半が通常だし、それこそ、何かプレゼントした、という記憶もなかった。
 英士の表情を見て、将はその疑問を理解したらしい。尚も赤面しつつ、更に言葉を重ねた。
「モノ、とかじゃなくて。…なんて言うか、みんなからももらったんだけど。リハビリがんばろうって気持ちとか」
 それは自分が与えたものではなく、彼自身の努力の賜なのに、大真面目に彼は言う。
「日本に帰りたいな、って。弱音とか、全部郭くんが聞いてくれて、冷静に諭してくれたりとか、したから。……だから、今のぼくが、あるから」
 考えながらの言葉は、単純な単語の羅列でしかない。けれど、彼の気持ちはそのまま伝わった気がした。
「それは、…風祭の為じゃない」
 だからこそ、彼の感謝が少しだけ痛い。
 彼がドイツへ行く、と聞いた時。正直、止めたかったのが本音だ。それは多分、自分だけではなく、彼に恋している人間の共通の思いだったに違いない。けれど、一方で彼は行かなければならないのだと、皆悟っていた。
 彼が、彼であるために。
 かつて彼は、英士が英士であることを当たり前に受け止めてくれた。そうである以上、自分もその事実を受け止めてしかるべきだったし、何より、それ以外の道など存在しなかった。
 あまりにも遠い国。そう思ったけれど、ほんの数年と、自分に言い聞かせて。電話すら、本当に時々だった。それも、彼は弱音を自ら言ってくれたわけではなく、引き出さなければ言ってはくれなかっただろう。それだって、冷静に諭したくてそうしたわけではなく、そうしなければいけないと、そう知っていたにすぎない。
 サッカーができなくても良いから、そばにいて欲しい、なんて。そんなこと、言えるはずもないのだから。
 彼はいつでもサッカーと共にある。
 それが、彼の生きる、ということだ。奪うことなど、誰にも出来はしない。奪えば、彼自身が失われてしまうから。
 英士が、皆が、何よりもその自体を恐れるのはあまりにも当然の事だった。だから。
 ―――だから。 
 ただ、待つしかなかった。彼の帰りを。ひたすらに。
 どれほどに辛いリハビリも、彼が耐えることを、当たり前に信じていた。再び、フィールドに走る彼を、待ち望んだ。
 そうして。
 そうして、現在が在る。
 それは本当に、長い、長い三年間だった。自分にとっても、そして彼にとっても。   
 だから、彼を励ましたのも、諭したのも。全て自分のエゴだ。与えたのではなく、押しつけた。
 ただ自分が、再び。彼と会いたかったから。彼の笑顔が、見たかったから。だから。
「…それでも。そうだとしても、本当に嬉しかったから」
 けれど、彼は言う。自分の見たかった、とびきりの笑顔で。
 そうして、だからこそ、その気持ちを少しでも返したいのだ、とやたらと誕生日プレゼントを贈りたがる理由を説明した。
 理論的のような、そうでないような理由に英士としてはやはり困惑するしかない。
 自分の行動が嬉しかった、というのなら、自分は将が日本に帰ってきた、その事実だけで十分だ。わざわざ、プレゼントをもらう理由になどなりはしない。
 だが将は一度決めたら貫く性格で、つまり頑固なのだ。その彼が、すでに買う、と決めてしまった以上、折れるべきなのは自分なのだろう。何しろ損をするわけではないのだから。
 多分、将にしても最初は「何が何でもプレゼントしなければ」とまでは思っているわけではなかったのだろう。単純に、英士の誕生日が近いしだし、せっかくだから、とでも思った程度で。けれど、自分があまりにも固辞したから、彼も半分意地になっているのだ。
 それはひどく子供じみた意地だが、微笑ましい気がしてしまうのは、やはりそれが彼だからなのだろう。そんな些細なことですら、彼を愛しいと実感する自分は多分、恋の病の末期症状だ。 
「……」
 そうして、再度欲しいもの、について頭の中で見当する。将の言う、例えばジャージとかタオルとかなら、いくらあっても困るものではないから、確かに妥当なのかもしれない。
 考えながら将の顔を見ると、彼は嬉しそうににこにこと微笑んでいる。
 自分がプレゼントを受け取る気になったのが、余程嬉しいらしい。なんとも不可思議な心理だ。
 その笑顔も、最初は興味の対象ではなかった。彼は最初、自分にとっては本当にどうでも良い人間として位置づけていたから。
(それなのに、わからないものだね)
 今はその笑顔に、一喜一憂すらするのだ。出会った当初は想像もしなかった。こんなに、彼が大切になるなんて。彼に、惹かれるなんて。
 彼に惹かれたのは、一体何が原因だったのだろう。ひたむきな彼の姿さえ、最初の頃の自分にとっては特に感銘を受けるものではなかった。彼は正直上手くはなかったから、努力に努力を重ねるのは当然だとすら、思っていたのだ。
 ……そのはずなのに。
 いつの間にか、彼を見ていた。
 おそらく、彼はあまりにも自然体過ぎたからだろう。そんな人間は、今まで周囲にいなかった。素直、とだけ言えば、一馬も結人も素直には違いないが、彼の場合は愚かな程純粋で、そして無知だった。少なくとも、当時の英士にはそう見えた。
 それは嫌悪に値するはずなのに、気がつくと彼を勝手に視線が追っていた。彼のお節介とすら呼べる行動も、彼らしい、と自然に思う程。
 ―――似てるかな?
 素直な彼は、何も考えず自分にそう言った。彼にしてみれば、特別な言葉ではなかったに違いない。本当に、それは思うままに口にしただけの言葉だっただろうから。
 それはいつだったのか、思い出すのはひどく容易だ。あの時も一月だったから、丁度四年前ということになる。
 自分達は東京選抜として、韓国で試合をした。おそらく、大半の人間にとってはそれだけの事実だ。けれど、自分にとってはそれだけでは、決してなかった。韓国には―――ソウルには従兄弟である潤慶がいたのだから。
 幼い頃から、自分と潤慶は似ている、と言われた。血縁関係にあるのだから、それは在る程度は当たり前のことだろう。けれど、互いにサッカーが好きで、同じポジションだったから、尚更拍車をかけた。
 当たり前に、周囲は自分と潤慶を比べた。
 否。
 誰よりも、比べていたのは多分英士自身だろう。どうしても、潤慶にだけは負けたくなかった。決して。
 それは潤慶が兄弟であったとしてもおそらく変わらない事態だったに違いない。自分は彼をライバル視したし、彼だって、それは同じだった。
 それは、ただ似ているからだったのか。あるいは、互いに違う理由があったのか、それはわからない。
 ともかく、自分達はソウルへ行き、そして潤慶との久々
の再開を果たした。
 彼は、何も変わっていなかった。髪型は変わったし、無論以前よりも成長していたけれど。……潤慶も、自分に対してそう思ったことだろう。自分達は本当に、似ていないのに、良く似ていた。多分、魂が似た性質なのだろう。
そうして自分は潤慶に頼まれたCDを渡すためにホテルを抜け出し、お節介な将や、好奇心旺盛な翼達に後をつけられたのだ。
 当時、彼と自分は決して親しくなかった。それなのに、彼は自分を心配したらしい。それは無論、杞憂なのだが。
 仲が良くない以上当然と言うべきか、短い、明洞繁華街からホテルへ帰るまでの道のりですら、自分達はほとんど会話をしなかった。自分は一緒に帰っている、というよりも、同じ方向に向かっている、という感覚だったように記憶している。
 将は翼と良く話していたし、その会話に加わるつもりなどなかった。
 ただ、歩く速度は似たようなものだったから、彼等の会話は聞こえていたが。
 自分と、潤慶の顔立ちが似ている、と馴染みの言葉を翼が言ったのは、潤慶と話した直後だったから、ごく自然なものだっただろう。
 不思議なもので、初対面では良く似ている、とはあまり言われない。そう言えば似ている、程度のものだ。けれど、回数を重ねて会うと自分達は良く似ている、ということになるらしい。性格はまるで違うのに、見かけも決して同じではないのに、何故かまるで同一のように見えてくるらしかった。或いは、良く似た、例えば左右対称に写る鏡のように。
 だから夕食時と、明洞繁華街と。
 同日とは言え、二度潤慶を見た翼が似ている、と言ったのは当然の流れなのだろう。注意深ければ深い程、自分達の相違点に気づきやすいのだから。
 ―――良く、言われるよ。
 返事をする必要もないのに、そう答えたのは、それ以上その会話を続けて欲しくはなかったからだ。けれど、そう言った次の瞬間、将は言ったのだ。似てるかな、と。
 ―――勿論、似てるとは思うんだけど。でも、雰囲気とか全然違うし。
 それは、本当に些細な言葉だ。そう思う。けれど。
 ―――郭くんは、郭くんで。他の誰でもないから。
 たった、それだけの台詞。それなのに、何かが壊れる音が聞こえたような気がした。
 それは、何が崩壊した音だったのか。多分それは、くだらない、それでも英士にしてみれば切実な拘りだったのだ。けれどそれを、彼は実にあっけなく。ただ、笑って言った。英士は、英士なのだと。同様に、潤慶は潤慶で、他の誰でもないのだ、と。
 特別な言葉では、少しもなかった。感銘を覚える程偉大な名文句ではなく、彼は見たまま、思っただけを言っただけのこと。
 けれど、そのささやかな、当たり前の言葉は確かに自分に衝撃をもたらした。
 決してあの瞬間、それが理由で彼に恋したわけではないけれど、きっかけの一つではきっとあるのだろう。
 思い出してみれば、それはひどく懐かしい記憶だ。懐かしくて、それから少し、気恥ずかしい気がする。
 それから少しだけ彼と接する機会が増え、そして気がつくと惹かれていた。そうして彼と過ごす時間が増えるたび、自分は少しずつ、変化していった気がする。
(それとも)
 それとも、自分ではなく、世界が変化したのだろうか。
 そんな事を長時間考えていると、ようやく頭の片隅に品名が思い浮かんだ。特別欲しい、と思ったことはないが、このままでは欲しい品物を思いつく前に余計なことばかり考えそうだ。それならば、今思いついた品で良いだろう。
「欲しいもの、思いついた?」
 彼に問われ、小さく頷く。
「何?」
「万華鏡が、良いな」
 くるくると。回るたび、世界を変える万華鏡が。
「万華鏡だね? うん、分かった」
 希望の品が存在していた事実が嬉しかったのか、元気良く彼は言ったが、次の瞬間には困惑した表情を浮かべる。 くるくると、良く変わる表情は三年前とまるで変わらない。勿論、顔立ちは多少確かに成長しているのだが。
「どうかした?」
「…万華鏡って、どこに売ってるのかなぁ?」
「……どこだろうね。デパートに行けば売ってるんじゃないかな」
 視線の先にそびえ立つデパートに視線を送りながら適当な事をいうと、そうだね、と将も同意した。
「じゃぁ、とりあえず行こう?」
 笑顔に戻り、そう促され、当たり前に二人で歩き出す。
 彼と並んで歩くことも、今ではそう珍しいことではない。けれど、それだけの事が、ひどく貴重な時間に思える。彼が日本にいない三年間を知っているからこそ。
 くすり。小さく、笑みが自然に浮かぶ。
 彼のいない三年間、世界はひどく色あせていた。彼に出会う前に戻っただけだと自分に言い聞かせていたけれど、それは無駄だったと我ながら思う。
 それほどまでに、彼の存在は自分の中で大きく、そして重要になっていた。どうしようもないほど。
 デパートへと歩を進めつつ何気ない日常の話に花を咲かせる、くだらないと言えばくだらない、その時間すら、貴重だと思う。それこそが、自分という人間が変化した証なのだろう。
 やがて間もなく目的地に到着し、近くの店員に尋ねると玩具売り場の階を告げられた。当然の流れでそのままエレベーターへと乗り、片隅にひっそりと存在していた売り場を発見する。
「結構種類があるもんだね」
 展示された数々の万華鏡を見て、最初に浮かんだのはそんな単純すぎる感想だった。
「そうだね」
 頷きながら、将はそのうち一つを手に取り、そっと覗き込み、くるくると万華鏡を廻す。
「でも、綺麗だよ」
 おそらく彼の目には様々な模様がくるくると世界を変え、映し出されているのだろう。
 くるくる、くるくる、と。彼は何度も、ゆっくりと万華鏡を廻す。プレゼントをもらうはずの自分より、余程将の方が興味を持っている様子だった。
 その様子を、ただ英士は見ていた。万華鏡自体を覗くより、それを見て無邪気に喜ぶ彼を見ている方が余程、楽しい。
 いくつもの万華鏡を次々手に取り、彼はくるくると廻す。やがて気がすんだのか、将が万華鏡を元の位置に戻しながら口を開く。
「どれが良いか、決まった?」
 自分も将と同じ行動をして、すでに希望の品を見定めたと思ったらしい。そう問われ、将が特に気に入ったらしく、長時間廻していた万華鏡を示した。無論、実際はずっと将を見ていたから、英士はそれがどんな模様世界を描く万華鏡なのかは知らないが、それを将に知らせる必要はないだろう。
 値段もそれなりに手頃な万華鏡を将はレジへと持っていき、暫くしてから綺麗に包装されたそれを英士へと手渡した。
「誕生日おめでとう」
 そして、また満面の笑み。それこそ、万華鏡よりも、英士にとっては余程価値のある笑みを浮かべて、彼は祝いの言葉を口にした。
「ありがとう」
 礼を言ってはみたが、それはいかにも儀礼的な口調になる。その口調を曲解したのか、将は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「どういたしまして。……ごめんね、無理に決めさせて」
 それは確かにその通り、と言えなくもないが、最終的にプレゼントを受け取ることにしたのも、選んだのも自分だから、将に謝罪してもらう理由などあるはずもない。
「……なんか、誕生日プレゼントって。特別って言うか、…家族からもらうもの、だったから。ぼくも、郭くんにどうしても渡したくて。……でも、それって単にぼくのワガママだよね」 
 先ほど彼が言っていた理由は感謝の気持ちを形にして、というものだったが、どうやら今の発言の方が本音だったらしい。
 さらりと聞き流そうと思ったが、冷静に頭の中で反芻して内心首を傾げた。
「風祭」
「もしかして、やっぱり気を悪くした? ……本当にごめんね」
 英士が言葉を続ける前に、彼は早合点して詫びの言葉を心底申し訳なさそうに口にする。
 例え、単なる彼の我が儘だとしても、自分は我が儘を言ってもらった事実を喜ぶだろうに。
「いや、そうじゃなくて」
 けれど、今の問題はそうではないのだ。それよりも。
「……それは、プロポーズの言葉なのかな」
 誕生日プレゼントが特別で、家族からもらうもので。だから自分に渡したい、ということは。自分と家族になりたい、ということなのだろうか。
 まさかとは思いつつそう問うと、将はみるみる頬を紅潮させていった。
「…っ、そ、そんなつもりじゃなかった、んだ、けど…っ、そーいうことになるの、かな……?」
 自分でも何を言っているのかわからないのだろう。混乱した様子で言う言葉は、けれど肯定のものだった。
「なんて言うか、その言葉の方が、よっぽどプレゼントだね」
 無論、彼がくれる物なら、なんだって単純に嬉しい。彼が、自分を気にかけてくれた、という事実が存在するから。けれど、その言葉はその中でもとびきりだろう。男同士で在る以上、真実の意味で結婚などできないが、そんな事は問題ではなかった。ただ、彼が。自分とこれからもずっと一緒にいたいと。そう、思ってくれているだけで。
 だから、自分が上機嫌になるのは当然で、それは将にも容易に伝わったらしい。赤面したまま、照れくさそうに微笑んだ。
「えっと。ところで、質問なんだけど」
 けれど、彼としては話題を変えたかったらしい。そう、いきなり言い出した。
「何?」
 それでも上機嫌のまま返事を返す。
「何で万華鏡が希望だったのかな、と思って」
 それは将にしてみれば当然の疑問だろう。どう考えても、普段の英士を見ていたら、万華鏡を欲しがるなんて思えない。
「万華鏡みたいだな、と思ったから」
 自分もありのままを答えたが、将には理解できるはずもない返答で、だから当然、彼は重ねて問う。顔にはさっぱりわからない、とありありと浮かんでいた。
「……何が?」
「さぁ。何が、だろうね」
 笑みを浮かべ、けれど答えない。わざわざ、彼に話をするほどのことではない。
 そう。ただ、単純に思っただけだ。 
 ―――まるで、万華鏡のようだ、と。
 くるくると、様変わりする世界。それは、全て彼の存在故だ。
 実際は何も世界は変わっていないのかもしれない。けれど、自分にはそう見えた。
 その移り変わる様こそが、万華鏡のようだ、と。そう、思った。
 彼が存在する。それだけで、世界が変わる。日常も。自分も、全て。
 彼がいるからこそ、それらは意味を持つのだから。
 ――――――くるくる、と。
 廻すたびに違う模様を描く万華鏡のように。
 いつもいつも、それらは違う世界を見せる。彼と時間を共有するようになって、初めて見えるものがいくつもあった。それは例えば、ひどくくだらない時間が愛しくなるとか、ささやかな彼の一言が嬉しいと思うとか。そんな、小さな事だけれど。
 けれど、その小さな事実を。世界を、自分は知らなかったのだ。彼に出会うまでは。
「大事にするよ」
 あえて主語は入れずにそう言うと、うん、と将は頷いて笑う。彼は素直に、それは万華鏡を指していると思ったのだろう。
 ……大事に、するよ。
 とても。とても、大事に。誰よりも。きらきらとした、世界を見せてくれた君を。
 それは、決して言葉にはすることない真実。言う必要などない、本音。
 将に向かって自分も微笑み、そっと掌の中にある、梱包されたままの万華鏡を転がした。自分には見えないけれど、確かな世界が今、くるくると様変わりしながら広がっているのだろう。
 

 くるり。


 くるり。


 廻すたび、世界が変わる。


 それは、君の与えてくれた世界。


 ――――――君のいる、風景。



END