懐かしい、夢を見た。
広い空、仰ぎ見る色
いつものこと、と言えばいつもの事だったが、その日も大量の書類が決裁を待っていた。うんざりする程の、その紙の量。
けれど、その日に限って言えば、その方がありがたい、と思った。熱心に仕事をすれば、あの夢を忘れられる。思い出すのは、少し辛い。否、思い出にふける時間が今はない。―――あってはならない。
いつもなら怠けたがる自分を知っているから、周囲の人間達は不思議そうな表情を浮かべることもある。けれど、やがて納得した顔をする。
つまりそれだけ、自分という人間はわかりやすいのだろう。薄っぺらい人間性、というのは、どこまでも滲み出てしまうのかも知れない。無論、それでも会議好きの、けれど地位だけは立派な無能連中よりかは幾ばくか自分の方がマシだろう、とは思うが。
「大佐。少し、お休みになっては如何ですか?」
非常に珍しい言葉を副官が言い、その言葉に面を上げた。時計を確かめ、なるほど、と思う。
とっくに昼休みも終了している時間。確かに、いくら普段は仕事熱心さを求める彼女でも、少しは休めと言いたくもなるだろう。空腹は感じないが、彼女の心遣いを無碍にする理由もない。丁度、さすがに黙々と書類に署名するのにも飽きた頃だった。
「そうだね、そうするよ」
言うと、リザはぺこりと頭を下げる。その瞬間、電話が鳴った。
誰だろうか、とぼんやりと思う。それこそ、今自分が思い浮かべた無能連中かも知れない。以前、一番自分宛に電話を多くかけてきた男はもういない。
リザが応対し、受話器を自分へと差し出す。
「一般回線で通信です」
誰から、と彼女が言わないのは実に珍しい。だから逆にそれがどの人物であるか想像できた。
「やぁ、元気かね?」
なるべく陽気な声音を造り、受話器へと語りかける。返事は、と言えば実につれなかった。
『元気に決まってんだろ。それより、サインしてほしい書類があるんだけど』
電話の主は、予想通りの人物だった。
年の割に高い声と、年相応か、それ以上の生意気さ。彼らしい、としか言えない単刀直入な言葉。
本当に、彼の声を聞くのは久々だ。彼の、―――エドワードの声を聞くのは。
彼は滅多に電話をくれない。それこそ、こんな風に用事がない限りは。
そんな子どもに恋している、というのだから自分という人間はどうかしている。それでも、彼の声が聞けた、それだけの事実が単純に嬉しい。
だから勿論、ロイは二つ返事で頷いた。彼が望むのなら書類などお安いご用。無論、それ相応の礼は要求するけれど、それは彼も大人の世界にいる以上、当然の事だろう。
「それは構わないが」
国家錬金術師、と言っても全てが銀時計を見せれば済むわけではなく、どうしても軍中枢の機密関係になれば書類が必要になる。彼の二つ名、『鋼』は軍でも名を馳せているが、だからこそ年より更に若く見える彼では書類が余計に必須になる。彼としては癪だろうが仕方のない事だ。
「いつ、取りに来るのかね?」
治安はあまり良くないから、郵便という手段は使わないのが通例だ。自分の署名入りの書類は一応、重要書類、という名目がつく。盗まれて悪用される可能性がない、とは言い切れなかった。
『明日』
それでは、明日に到着する、ということか。自然、口元が少しだけ緩んだ。
「了解した。…鋼のに逢える事を、楽しみにしているよ」
それは本心からの言葉だったが、彼は嫌そうに大げさなため息をついている。
「こっちは楽しみじゃないっての。じゃーな」
がちゃん。用件だけを言って、電話は切られる。本当に、つれない子どもだ。苦笑が口元に浮かんだ。
受話器を電話に戻し、それでは少し出てるよ、と言うとリザはまた頭を下げ、他の部下達もそれに習った。
窓へと視線を送ると、青い空と白い雲が無限に広がっている。
その青さが少し、目に染みた。
◇■◇
彼の葬儀も、こんな空の下で執り行われた。
静粛な儀式。それにどれだけの意味があるのか、ロイは知らないし、どうでも良い。ただ、数少ない、ロイがそれなり以上に懇意にしている人物。―――ありふれた言葉で言えば親友がこの世界からいなくなってしまった、その事実が現実の全てだった。
思い出す、今日の夢。
―――聞いてくれ。俺は運命に出会ったぞ。
ひどく嬉しそうな顔で、彼がそう自分に告げて来たのはいつだっただろうか。まだお互い若かった頃だ。……無論、今でも若いけれど。
懐かしい過去の夢。失われた時間の、夢。
過去の景色。まだ若い彼が、やはり若い自分に向かって恋は良いぞ、と笑って言った。興味がないというと、殊更大げさに嘆いてみせた。
―――だけどそのうち、きっと出会うぜ。出会った瞬間に俺は分かった。お前はわからんかもしれないが、いつかわかる時が来るぞ。
大真面目な顔を作り、彼は言う。
恋をするとそれだけで幸せになれるぞと、ひどく得意そうに。
そんなものだろうか、と当時自分は思った。本当に、恋になど興味がなかった。
恋愛とはつまり、心の等価交換だろう。
互いの心を奪う行為。
或いは、心を与える行為。
惚気る彼に向かって水指すつもりはなかったが、おそらく自分には一生縁がないだろう。そう、彼の言葉を聞きながらも思っていた。
―――まぁ、お前がめでたく恋した暁には、盛大に祝ってやるからな。
「結局、祝ってもらう時間がなかったな」
彼の台詞を思い出し、くすりと小さく笑った。
結局、自分は恋をした。十以上年の離れた、子どもに。なるほど、彼の、ヒューズの言葉は正しい。確かに自分は、出会った瞬間に恋の自覚などなかった。けれど、『わかる日』が来てしまった。彼の予言通りに。
恋するはずのない自分が恋するんて、なんと滑稽な事態だろう。それも子どもで、しかも男だ。情けないとか不甲斐ないという気はないが、些か問題はありすぎる。
彼はこの事態を、喜ぶだろうか。からかうだろうか。それとも怒るか詰るか、諫めるだろうか。そのどの反応も見せず、彼はこの世から失われた。永遠に。
どうして、あんな夢を見てしまったのだろう。
最近は疲れていて、夢を見る間もなかったと言うのに。
少しの間考え、やがて思い当たる。今日は彼の月命日だ。
精神学はあまり長けていないから良く分からないが、それなりに心理的な関係がおそらくあるのだろう。
ふてぶてしいとあの子どもは自分を言うが、まだ弱い部分があるらしい。少なくとも、こんな姿はエドワードには見せられないな、と思った。
明日、エドワードは来ると言っていた。笑顔で迎え、できれば食事でも一緒にとりたいものだ。みっともない、自分の姿など見せたくない。こんな風に、親友の事を思い出し、まるで過去を懐かしむような、そんな弱い自分を。
―――良いか、見つけたら離すな。全力で手に入れないと、後悔するぞ。
真面目な顔で、講釈を垂れた。それができれば苦労しないよと、愚痴る相手はもういない。
彼は恋の良さばかり語ったけれど、実際はこんなにも多難だ。恋愛は等価交換が成立するかも知れないが、片恋ではただの一方通行。子どもには自分の思いを伝えてあるけれど、その行方は正直なところ、全く見えない。前途多難なのは間違いない。けれど、これが恋の醍醐味だとあの男なら言うだろうか。そう思い、少しだけ可笑しかった。
◇■◇
その後も仕事は順調に進み、はかどった。
それは実に珍しい事態で、部下の一人には「いい加減、気味悪いんでやめてください」などと言われる有様だった。ひどい言われようだが、普段が普段なので消し炭にはしないことにする。
ともかく、仕事は好調で、つまり終わらせたのも比較的早い時間だった。
いつもなら残業を余儀なくされるが、気を使ったのか今日はもう良いと言われ、珍しく夜の時間に余裕があった。
最初は当たり前に家に帰るつもりだったが、途中で気が変わり、少し店に入って飲んだ。眠るのが怖かったのかも知れない。一人で飲む酒は案外不味く、あまり酔えなかったが。
飲んでいるうちに、夢を忘れたいから飲むつもりが、否応なしに思い出す自分がいる事に気付いてげんなりした。恋をして、自分は更に弱い人間になったのだろうか。
半ば自分に呆れながら、店を出て、これからどうしようか、とぼんやりと考える。無論、明日のことを思えばすぐに帰宅するのが一番だ。だが、この際だから彼の墓参りをするか、と思った。
酔狂なのは間違いないが、そんな夜があっても良いだろう。
墓地は街の中心地より些か遠いが、この時間なら車もあるし、苦にはならない。彼が好んで飲んでいた酒を一本買い込み、彼が眠る場所へと向かった。
その場所は静かで、ただ墓が並ぶ、寂しい場所だ。
それでも墓石を見てみれば、色鮮やかな花。おそらく、彼の妻が訪れたのだろう。
幸福だ、と彼は言っていた。彼の妻に出会えて。愛しい娘が生まれて。家族は良いぞ、と言った。自慢して自慢して、それなのに彼はいなくなってしまった。
けれど彼の妻もまた、幸福だと笑った。
夫を失い、それでも。けなげに笑い、あの人と逢えて幸福ですと、そう言って笑った。
(…本当に)
本当に、幸福なのか。お前はここにいないのに。彼女は二度と、彼に逢えはしないのに。
幸せな家族。幸せな、家。
おそらく、一般的には理想的な家庭だったに違いない。笑いの絶えない、幸福の家。
多くの人間を、自分は屠った。数え切れない程。家族がいる者も多くいただろう。親友を失った者もいただろう。それでは、これは因果応報か。自業自得か。
そんな自分の思考に小さく苦笑し、とくとくと酒を地に落とす。死んだら、その後があるのかどうかは知らない。だからこれはただの自己満足だ。
彼が死んだ直後、必死に人体錬成の理論を考える自分がいた。子どもで、自分以上に純粋だったあの兄弟は、あれよりも更に切実な気持ちでいたのだろう。それでも禁忌は禁忌。許されはしないけれど。
空を見上げる。星は見えない。ただ、満月が見事だった。
昼間の美しい青は消え、今は軍服よりも更に濃い闇色が世界を支配している。
軽く息を吐き、くるりと墓に背を向けた。そこで、思いもしない人物を見つけて目を見張る。
(…酔っているのか、私は)
「よぉ、大佐。……なんだ、もしかして酔っぱらってんの?」
右手を挙げ、挨拶を寄越す。
何故、彼が。こんなところに、いるはずがない。それも、一人で。周囲を見回してみたが、いつも一緒にいる彼の大事な弟の姿は見えない。だが、見れば見る程、それはエドワード・エルリックそのものだ。
「…鋼の?」
「なんだよ。すげぇ間抜けな顔してんなぁ、さすが酔っぱらい」
にか、と笑うその様子は、まさしく自分の知るエドワードそのものだ。
「どうしてここに?」
問うと、彼は少しだけ困った表情を浮かべた。満月の光のおかげで、彼の表情ははっきりと分かる。
「…さっき、汽車で到着して。墓参り、しとこうと思ったんだよ」
世話になったから、と呟くように付け加える。
それでは明日、と言ったのは夜に到着するから、翌日に軍部へ行く、と言う意味だったのだろうか。
弟の行方を聞いてみると、宿、と簡素な返事が返ってきた。彼も見舞いに来たのは気まぐれだったらしい。そして偶然、自分の姿を見つけたと言うわけだ。
不思議な偶然と言うべきか。それとも、運命だ、と喜べば良いのか。困ったことに、まだ心の準備が出来ていなかった。
嬉しいのは、無論嬉しい。明日にならなければ逢えないと、そう思っていたのだから。
何か言わなければ。そう、逢えて嬉しいと。伝えなければ。彼はきっとふざけるなと怒るだろうけれど。
「あんたでも、そんな顔するんだな」
けれど、何かを言う前にそうエドワードが言って自分に微笑みかける。
そんな顔、とはどんな顔なのだろう。不思議に思ったけれど、彼が微笑んでくれたのが単純に嬉しかった。優しい、柔らかな笑みだ。こんな笑みを自分に見せてくれることは滅多にない。
そうか、と思う。これはきっと、夢だ。エドワードが自分に微笑みかけてくるなんて。
それでは自分は真実、相当酔っていたらしい。
「君が笑いかけてくれるなんて、随分良い夢だな」
けれど、素直に喜ぶことにする。夢だとしても、彼の姿を見られたことが嬉しい。
「なんだよ、夢って」
「これは、夢だろう?」
「……。そうかもな」
優しい、優しい声音。柔らかな視線。
やはり、夢だ。こんな口調で、エドワードが自分に話しかけたことなどない。いつも挑む口調で、睨むように自分を見つめる。その声も瞳も、無論自分は愛しいと思うけれど、こんなにも優しく、柔らかな声も視線も、ひどく心地良い。
「久しぶり、大佐」
「……逢いたかったよ、鋼の」
少し、声が掠れた。余裕を持って微笑みたかったけれど、それも失敗する。
「………俺も。少しだけ、逢いたかったよ。あんたに」
あり得ない返事。なんて幸福な夢だろう。気が付くと、彼を抱き締めていた。体温がある。ひどく、リアルな夢だと思った。
いつもなら、こんな風に彼を抱き締めることも難しい。契約とか、取引とか。そんな言葉で彼を縛らなければ、それは叶えられない。叶えたところで、それは最低な行為だと知っているから、純粋に喜べる事態は一度もなかった。
彼は暫くされるがままになっていたが、やがて何を思ったのか、ごそごそと動く。苦しくなったか、抱き締められることが嫌になったのかと思ったが、暴れる様子はなかった。やがて己の腰に、彼の手の感触。おそらく、本来は背中に手を回したかったのだろう。背の関係上、それは無理だったが。
ぽん、ぽん、と子どもをあやすように、彼が軽く自分を叩く。どうやら、自分を慰めているらしい。
普段の彼なら、絶対に自分に対してだけはそんな行動を取らないだろう。
けれど、これは夢なのだから、彼が自分に優しくても不思議ではないのだ。きっと。
「君に、こんな情けない姿を見せたくはなかったのだがな」
呟くように言うと、彼が胸の中で笑ったのが分かった。
「なんだよ、それ」
「好きな人の前では、男は恰好つけたいものなのだよ、鋼の」
これは夢だと思うから、普段なら決して言わない言葉も告げることができる。彼は子どもで、自分は大人。だから、いつでも自分は彼よりあらゆる意味で秀で、勝ってなければならない。彼の頼りになる、利用できる後ろ盾でなければならない。
「良いんだよ、恰好つけなくたって。いつでもご立派でなくなって。一応、それなりに有能な大佐も知ってんだし」
「…それなりに、とはひどいな」
夢でもべた褒めはしてくれないらしい。妙なところでシビアな夢だ。
「一応褒めてんだから文句言うな。それに、情けない姿も好きな物好きだっているかもしれないだろ?」
言って、彼は面を上げ、自分を見つめたてまた笑った。
「君はそうなのかい?」
情けない姿も好きな物好きなのかと聞けば、苦笑めいた、けれど確かな笑顔ででさぁな、と彼は言った。然り、としか取れないような、そんな笑顔で。
たった、それだけのことだ。彼が自分を見つめて笑う、それだけの事なのに。それがひどく貴重で、まるで奇跡のようだと思った。彼がいて、自分がいる。たった、それだけの現実が。
―――聞いてくれ。俺は運命に出会ったぞ。
私もだよ、と小さく心の中で呟く。私も、出会った。かけがえのない、存在を見つけた。出会ってしまった。
そうか、とロイは思う。恋愛は心の等価交換だと思っていた。けれどきっと、違うのだ。それは等価でなくて良い。
等価が、全てではないのだ、と。
彼がほんの一欠片でも、自分のことを思ってくれるのなら。否、完全な片恋でも。
それでも、自分は自分の心をエドワードに明け渡している。彼に、溺れている。それが恋をする、ということだ。片恋は恋愛とは呼ばないのかも知れない。けれど、自分にとってはそれは確かに恋愛だった。同じ思いを返してほしいなんて、そんな大それた事は望まない。ただ、思うことさえ許されるのであればそれで良い。
心を奪われ、欲しがる。それはきっと愚かな本能だけれど、例え報われなくても自分は彼に恋し続けるだろう。
恋の焔、とは良く言ったものだ。
それはずっと、いつまでも、燃えさかるのだろう。
そう、―――永劫という時間さえも。
そんなことすら、今まで自分は知らなかった。教えたのは、目の前の子ども。そして、今はこの墓の下に眠る男。
それでは真実、グレイシアは幸福なのだろう。彼女は自分が愛されていることを知っている。誰よりも、ヒューズという男に。彼がいなくなっても、その事実だけは存在している。誰が忘れたとしても彼女の中で、永遠に。
未練はきっとあっただろう。ないはずがない。けれど、それでも彼は確かに幸福だったのだ。愛する人間が、心を奪われるべき人間がいたのだから。
それはただの逃避なのかも知れない。彼が死んだ、その事実は何一つ変わりない。それでも弱い自分にとって、救いの一つには成り得た。そんな、些細かも知れない事実が。
「…エドワード」
「なっ、なんだよっ。いきなり名前呼ぶなよっ!」
彼が自分を睨み付ける。良く知っている表情。けれど、顔だけがいつもよりも赤い。
―――良いか、見つけたら離すな。全力で手に入れないと、後悔するぞ。
(あぁ、勿論だ)
手に入らないかも知れない。永遠に片恋かもしれない。それでも良い。
けれど、手を伸ばすことをやめることなど、自分はできるはずがない。
「君に、出会えて本当に良かった」
だから今はただ、正直な胸の内を伝えた。
「……なななな、なに真面目な顔して言ってんだよっ!」
甘い睦言を期待していたわけではなかったが、つれないにも程がある。夢なら、もっと甘くても良いだろうに。
「キスしても?」
尋ねると、彼は俯いた。耳たぶまで真っ赤に染まっているのが夜目にも分かる。
「ヤダって言っても、するくせに」
声は小さいが、はっきりと聞こえた。その言葉に苦笑を重ねたが否定はしない。
顎に手をかけ、上向きさせる。彼は大人しく、表情も赤面したままではあるが特別嫌がる素振りは見せない。
一瞬だけ唇を重ね、それから舌を潜り込ませる。艶めかしい感触。良くできた夢だ、とまた感心した。
「酒臭い」
唇を離した瞬間、文句を言われる。眉間に皺を寄せ、本気で嫌そうな表情を浮かべていた。
「飲んでいたんだから当たり前だろうな」
事実を述べると、彼は肩を竦める。
「ま、今日は許してやるよ。じゃぁ、オレはそろそろ宿に戻るから」
「私の元に泊まってはくれないのかい?」
囁いてみたが、返事は実につれなかった。
「冗談。第一、アルが心配してるし」
あっさりと断られ、がくりと項垂れる。
「じゃあな、酔っぱらい。……また明日」
酔っぱらい、の後の台詞はあまりにも小さな声で聞こえなかった。聞き返す前に、彼は走り去ってしまう。彼の後を追うことも考えたが、これが夢の幕切れだろうかと、どこか悠長に考えてやめてしまった。
慌てなくても、明日。起きれば、また彼に逢えるはずだ。
無論、書類を渡せば彼はすぐに旅立つだろう。自分には仕事があり、彼と共に旅することはできない。けれど。
けれど、いつでも、彼のことを思うことはできる。いつでも、いつまでも。
この恋が成就するのか。それはわからない。
どちらにしても、いくらでも足掻いてやろう。少なくとも、この夢の中で、彼は情けない人間も嫌いではない様子だった。もしかしたら、現実世界の彼もそうかもしれない。その可能性は、ゼロではないのだから。
ちら、と一瞬振り返り、墓石へと視線を戻す。何も変化はないけれど、きっと親友は笑っているだろうと思った。
――――――きっと。
きっと、彼は喜んでくれるだろう。自分が恋をしたことを。それが、エドワードであることを含めて。きっと。
空を仰ぐ。あるのはどこまでも続く闇色と、そして。
そして、エドワードの髪と瞳の色をした月が煌々と輝いていた。
END
◇■◇
本当は翌日、エドが隣で寝ていて「!?!?」と
思う大佐、というオチも考えてたんですが、
曖昧な方がいいかな、ということで。
