G A T E
3
一応自分の上司と言うべきらしい人間と再会を果たしたのは、彼の結婚話を聞いた一時間後の事だった。
食事を終え、すぐに軍部へと向かったものの忙しいらしく、少しばかり待たされる。とりあえず、と応接室に通されたが暇で暇で仕方なく、思わずソファに寝そべりたい心境だった。
(遅ぇな、大佐。こんなことならアルと一緒に資料読んでりゃ良かったぜ)
ぼんやりとそんなことを思う。最初はアルフォンスと二人で応接室にいたが、先ほどリザが資料室に新しい資料が入ったことを教えてくれた。そこでアルフォンスは先に資料室へと行き、自分はここでロイを待っている、というわけだ。けれどどうせなら、自分も資料室に行き、ロイが暇になった頃顔を出せば良かった。そうすれば、こんな退屈な時間を持て余さなくても済んだだろうに。
無論、分かってはいる。本来は軍人ではないアルフォンスがこの場所で資料を閲覧できるのは、悔しいがロイのおかげだ。多少の制限はあるものの、それでも破格の処遇と言って良い。だから自分はロイに対して文句を思い浮かべるべきではなく、感謝するべきなのだ、と。
けれど、ロイに対してそんな気持ちにはなれない。他の誰かに親切にしてもらったなら、素直に感謝の気持ちを伝えられるというのに。
(早く来ねぇかな)
暇をひたすらに持て余し、せめて何か本を持ってくれば良かった、としみじみ思う。否、もしかしたら今からでも遅くないかもしれない。適当な書物を一冊借りてきて、読んでいよう。もしも借りに行っている間にロイが来たならば、それはタイミングの悪いあの男が悪いのだ。
そう決めて立ち上がる。この建物の地図はすでに頭の中に入っているから迷うこともない。
だが、数歩動いたところで扉が開き、待ち人が姿を見せた。
「待たせて済まないね」
にっこり、と笑顔で告げるのは相変わらずだ。その笑顔がくせ者だ、とエドワードとしては思う。
「本当にな。待ちくたびれたぜ」
嫌味たっぷりに言ってはみたものの、ロイがそれくらいで何らかの反応を見せるはずもない。表情は少しも変わらなかった。
「それはともかく、話を聞こうか?」
あっさりと流され、促される。この野郎、と思ったがエドワードもそれ以上は言わない。
彼が多忙であるのは仕方がないし、そんな中、突然尋ねた自分に面会するのも本来は特例と言って良いことも今の自分は知っていた。
報告することはさほどなかった。自分たちの捜し物は一向に見つからないし、軍にとって有益と思える情報もない。
「とりあえず、そんなとこかな」
「なるほど」
そこで一度、会話は途切れる。ロイはエドワードから受け取った書類をぱらぱらとめくっていた。
その様子はいつも通り、としか言いようがない。結婚が決まったというのに嬉しそう、とか浮かれている、という様子はなかった。
「……大佐、結婚すんだって?」
尋ねたのは何故なのだろう。自分でも良く分からない。ロイは、と言えばひどく驚いたらしく珍しく固まっていた。
「……誰に、聞いたのかね?」
「町で噂になってる。嘆いてる女性がたくさんいるって聞いたぜ?」
食堂で聞いた、とは告げずにそう答えると、ロイは微かに困ったらしい表情を浮かべた。
「おめでと」
祝福の言葉を告げてエドワードは笑みを浮かべた。それは成功し、内心で良かった、と密かに安堵する。
だが、言葉を受け取ったロイの顔は笑顔ではなく、無表情に近かった。何か自分はまずいことでも言ったのだろうか。
「えっと。結婚祝い、何か欲しいもんあるか?」
気まずさを感じ、更に言葉を紡ぐ。今度も笑顔を作ることに成功した。
「……言えば、それを君はくれるのかな」
やがて静かな声でロイが尋ねた。彼が返事をしてくれたことに、奇妙なほど安堵を覚える。
「あぁ。まぁ、オレにやれるものなら、の話だけど」
「それなら、是非とも欲しいものがあるんだが」
にっこり、とロイは笑った。今まで無表情だったせいか、それはどこか違和感を覚える表情だった。
「何が欲しいんだよ?」
「……いや、やはりやめておこう」
尋ねても、彼は横に首を振る。それから自嘲気味に笑った。
「何だよ。言ってみろって。何が欲しいんだよ大佐」
その言葉が後で自分を追いつめるとは知らず、エドワードはロイに言葉を促した。すると、彼は笑みを浮かべたまま口を開く。どこか厳かな口調で。
「君でなければ不可能なものが欲しいんだが」
思えば、その台詞を聞いたときに気付くべきだった。
「オレ?」
だが、不思議には思ったもののそれだけだった。とりあえずロイが欲しがる物は存在して、それを自分は用意できるらしい、という事実だけを認識する。
「良いかな」
念を押すように言われ、顔をしかめながら頷いた。
「だから、やるって言ってるだろ。さっきから」
「それは嬉しいな」
また、ロイは笑う。どこか酷薄な、その笑み。
「で、何が欲しいんだよ」
「それは後で教えよう。そうだな、今日の夜は空いているかね?」
「そりゃ、空いてるけど。なんだよ、さっさと答えりゃいーのにもったいぶりやがって」
文句を言ってみても、ロイの表情はやはり変わらなかった。時計で時刻を確認し、少しだけ考える素振りを見せる。
「では、今夜は食事を一緒にしよう。私の仕事が終わるまで資料室にでもいたまえ」
どうかな、と言いつつすでにロイの中では決定事項らしい。後半は命令口調だった。
「面倒くせぇ」
「久々に会ったのだから食事くらい良いだろう。後で迎えに行くよ」
言いたいことを勝手に告げ、ロイは背中を見せて歩き出す。勝手に決定されたことは頭に来るが、何を言っても無駄なことくらいエドワードももう承知していた。時として、あの男はひどく頑固になり、決めたことは上からの命令でもない限り撤回しない。それも、くだらないことであればあるほどそうだった。
そんなロイの中で今夜は食事を共にする、と決まった以上、それは絶対だ。別に損するわけでもないし、まぁ良いか、と自分に言い聞かせる。
ロイと食事をして、彼の望む結婚祝いを渡す。それだけのことだ。ほんの数時間のこと。たいしたことじゃない。
(とりあえず、資料室に行くか)
とにかく自分には数時間の空白が与えられた。その間にできることをするのが先決だ。
ふと、ちらりと窓の外を見上げる。そこにあるのは、相変わらずの重い灰色をした曇り空だった。