愛を呟く。


「ねぇ……アンタは普通に愛されたかった?」

いつものように、久方に会ったときに繰り返される“愛しむ”とは程遠い、
真逆のような喰らい尽くし合うような行為の後、
眠るでもなく力なく窓に寄り掛かりぼんやりと窓の外に目を向けたていた人影から、
掠れ切った声で独り言のようにポツリと呟くのが聞こえた。

「……なんだ?」

そのまま聞き流してやってもよかったが何となく言葉を返す。
恐らくこちらの返答などは期待しない文字通り独り言のようなものだったのだろう、
驚いたように少し大きくなった目がこちらを振り返ったが、それはすぐに細められた目で隠された。

「愛されたかったですか?」

少し小首を傾げて笑いながら、今度は独り言でなくハッキリと問われる。

「一応の学はあるくせに文脈がなってねぇな、意味が解らん」

実際コイツの言う言葉自体の意味は解るが、その言葉の意図が解らない。

「えーじゃあ学なら高杉さんのほうがあるんですから察してくださいよ」
「無茶言うな」

面倒な要求への拒否を吐き捨てれば、心外だと言わんばかりの声色と視線でわざとらしく非難される。
だが解らないものは解らないし、解るように言ってもいないのだコイツは。
解ってやるつもりもないが、そもそもからして解って貰おうという意思が僅かでもあるのかすら怪しいものだ。

「なんなんですか自分が聞き返したくせに拒否とか。答えてくれないなら無視してくださいよ」
「てめぇが馬鹿なこと聞いてくるからだろうが」
「ひどっ!こっちは真面目に聞いてるのに」

人間らしい感情を情報として正確に理解はするくせに、
それを自分自身の感情とリンクさせる事を滅多にしないヤツが、
まるで正常で真っ当な人間のような問いを口に出す事自体が冗句とかしか思えないというのに。

「真面目ねぇ……」

全く、冗談にしか聞こえない。

「真面目、ですよ」

笑みを深めて、猫のように音も立てずにするりと側に擦り寄って、
無造作に投げ出していた足にじゃれるように頭を乗せて見上げてくる。

「だってね、俺の周りにはカワイイ人が多いんですよ。
 皆自分以外の他人の誰も彼もが大好きで、大好きで、大事で、大事で、
 自らがどんな犠牲を払ってでも周りを護ろうとする人ばかりなんですよ」
「はっ……酔狂なこった」
「そうですね、大事なものなんて真実たった“ひとつ”しか要らないのに、
 何もかも全部が大事なんてそんな都合のいいことなどありはしないのに、
 挙句、その全部を護れると思っている人ばかりで本当にカワイイですよ」

そう言って、まるで愛おしむかのように目を細めクスクスと頭を揺らす。

「じっとしてねぇなら降りろ」
「やーですよ」
「それで」
「それでね真選組の皆も、万事屋の旦那達も皆が揃いも揃ってあんまりにもカワイイから、
 可哀想になったんですよ。どうせ何一つ護れやしないのに。
 何もかもを護ろうとしたって所詮無理な話じゃないですか。
 きっと何もかもを護ろうとしてたったひとつの一番大事なものを取り零して、
 そして最後には他も全部零しちゃうのに」

クスクスと益々楽しそうに愛おしそうに笑いながら、
天井に腕を伸ばして、掌をすかして見るように薄暗い明かりに翳しながら心底可笑しそうに言葉を紡ぐ。

「カワイイですよねぇ……何もかも全部壊れてなくなっちゃうのに」

細めた目に歪んだ狂気が揺れる。

「全部高杉さんが壊すのに」

こいつのこういう所が堪らない。
最初から壊す余地などない程壊れているくせに、
それをいかにも常人の仮面で上手いこと隠す様が一層薄ら寒い程の歪みを感じさせる。
俺の側にいる理由すら歪みきっている。
他から言わせりゃそれを承知で側に置いている自分も相当歪んでいるがな。

「随分と饒舌だな。何だ、情でも移ったか」

あまりにも楽しそうにするので、有り得もしない事を問うてみる。
きょとりと一瞬滅多にない程大きく目を見開いたかと思うと、弾かれたように笑い出す。

「あはははははっ…はは……ゲホッ…あー凄い、高杉さんの冗談とかレア過ぎ。あははは」
「……笑い過ぎだ」

咳き込む程笑った挙句涙まで流してやがる。本当に笑い過ぎだ。
腹いせに足に乗せられていた頭を落としてやる。

「あいたっ! もー自分が面白い事言ったくせに」
「それで」
「あーそれでね、
 そういう出来もしない事が出来ると錯覚出来る“愛”って凄いなぁ、と最近思った事があって。
 愛情とか、友情とか、信頼とか、絆とか信じている皆はそれはカワイく見えてね、
 そんなにイイものなのかなぁと思ったら、ふと高杉さんもそう思う事があるのかなと思ったんですよ」

ニコニコと本心が伺えない顔をしながら言葉を続ける。

「そうしたら、もしかしたら、
 俺は少しは普通にアンタを愛したほうが良かったのかなと思って」
「はっ、それこそ何の冗談だ。てめぇにはそんなもん微塵もねぇくせに」
「まーそうなんですけどね」

愉快そうに吐き捨てれば、悪びれる風もなく答える。

「でも世の中上手く渡って行くにはそれなりにリップサービスって必要なんですよ。
 だからね、“愛されたかったですか?”」

また小首を傾げて、幾分甘える様に問われる。

かつて、この使い物にならなくなった片目が満足に世界を捉えていた頃には、
或いはそう思っていた事もあったかもしれない。
【あの人】が奪われたときに、真実たったひとつの大事なものが永遠に欠けたというのに、
それでも信じていた自分はきっと確かに存在したのだろう。
その幻想すら幻想だと突き付けられた瞬間までは。

「くっくっくっ」

その点では、幻想を幻想として利用して生きてきたコイツの方がうわてなのかもしれない。
これだからコイツはおもしれぇ。

「じゃあお前は普通に愛されてぇのか?」
「まさか、そんなもの要りませんよ。だって俺は貴方が欲しいだけだもの」
「やれねぇし、やる気もねぇぜ」
「知ってますよ。だからたまのご褒美だけで我慢して、ちゃんと頑張ってるんじゃないですか」
「そうだな、てめぇはちゃんと【待て】が出来る狗っころだったな」
「ひどっ! 何それひどっ!!」

少し茶化してやれば子供の様にふくれた顔を見せる。
ころころと変わる表情と、変わらない中身が面白くて仕方ない。
まだ何やら騒いでいる口を唇で塞いでやると途端に大人しくなった。
合わさった唇を舌先でつつけば、素直に開き深く受け入れる。

「っ……ん、ふ、…は」

絡めれば抵抗なく応える口内を犯し、濡れる唇を舐めて離れる。
自覚があるのか無いのか、唇を離すときコイツはいつだって名残惜しげに少し追うようにして顔を上げてくる。

「……あれだけやったのに、まだ、足りないんですか?」

その癖素っ気無い振りをし、仕方のない人だとでも言いたげな声色を出しておきながら、
俺の羽織っている着物の裾を握って放そうとしないのもコイツだ。

「何だ、褒美の追加は欲しくねぇのか?」

抱きしめるように腕を回し耳元で囁くと、触れていた腰がぞくんと震えるのが分かった。

「どうなんだ? 山崎」
「……それなら、後少しだけください。ご褒美」

そう言って、俺に執着する獣は心底嬉しそうに笑う。

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